NHKエンタープライズ iHistory(アイ・ヒストリー)

NHKエンタープライズ iHistory(アイ・ヒストリー)

NEPという「居場所」で取り組む
ドラマ・プロデュース
『大地の子』で、巨匠・岡崎栄と出会った

「連続テレビ小説」と「大河ドラマ」は、半世紀以上の歴史をもつNHKの二枚看板番組だ。国民的注目度も高いこの2つのドラマのプロデューサーをNHK出身者以外で初めて担当したのが、NHKエンタープライズ(NEP)の小松昌代(制作本部 ドラマ番組)だ。

小松とNEPとの関係は20年以上前に遡る。フリーのプロデューサーとして民放ドラマを中心に仕事をしていた小松は、放送70周年記念ドラマとして制作された『大地の子』(1995年)のアシスタント・プロデューサーを務めることになった。そのドラマで総合演出と脚本を担当していたのがNHKドラマの巨匠・岡崎栄(当時NEPドラマ部に在籍)。彼との出会いが、その後の彼女のキャリアを大きく変えていくことになる。

NEPという「居場所」で取り組むドラマ・プロデュース
『大地の子』(NHK DVD)

『大地の子』で岡崎の信頼を得た小松は、『少年たち』(1998年)、『少年たち2』(2001年)、『少年たち3』(2002年)、『盲導犬クイールの一生』(2003年)、『ディロン 運命の犬』(2006年)、『海峡』(2007年)、『遥かなる絆』(2009年)など、次々と岡崎ドラマをプロデューサーとして支えていく。
これだけ数多くコンビを組んでいるのだから、小松と岡崎はさぞかしツーカーの関係かと思えば、意外にもしょっちゅうケンカをしているとか。たとえば、中国ロケで2人は「毎日、夕方になると必ずケンカをする」ということで、その様子を撮影打ち上げの席で現地スタッフに真似されたこともあるという。
岡崎は演出だけでなく、脚本も書く。だから、脚本ができあがった時点で彼の頭の中ではドラマの「絵」が決まっているのだろう。そして、ディレクターとして、そのイメージ通りに撮影を進めたいと考える。
しかし、プロデューサーとすれば「ハイ、どうぞ。ご自由に」というわけにはいかない。限られた予算では実現不可能な撮影シーンもある。また、ストーリーの流れなど、難解な表現になっていないかに視聴者の目線で目を配るのも、プロデューサーである小松の役目だ。
「岡崎さんのすごいところは、こちらが何かいうと最初は絶対に反論するんですけれど、納得すると、こちらが提案したことを違う形で必ず返してくる。それは、86歳になった今でも変わりません」(小松)
巨匠・岡崎に、使命を持ってものをいう。プロデューサーとして広い視野を持つ小松は、岡崎作品をしっかりと支えている。

NHKのドラマにある「公共性」

子どもの頃から『北の国から』など民放のテレビドラマが好きで、民放ドラマの仕事をすることが多かったという小松がNHKのドラマを長く手掛けているのはどうしてだろうか。
「テレビドラマって、どうしても、時代の気分に左右されるんです。『今は、シリアスなものはみんな観たくない』とか『今は、こういうテーマは受けない』とか、そういうことを考えて作らなければいけないわけです。特に、民放のドラマは視聴率を獲ることが非常に重視されるわけですから、時代の雰囲気に敏感であることが求められます。」(小松)
しかしプロデューサーとしては、時には「あえて時代の雰囲気に抗うテーマを真正面から取り上げ、視聴者の心を揺さぶりたい」という気持ちもあるだろう。
小松が、1998年にNHKドラマ『少年たち』を担当した頃、ちょうど世の中は「神戸連続児童殺傷事件」で震撼していた。『少年たち』は、罪を犯した少年たちと、家庭裁判所の調査官を通して、少年たちの再生への道を描いたドラマだ。あの時代、民放ならば躊躇するようなテーマだ。NHKだからこそ作ることができた。そのことが、彼女がNHKを中心に仕事をするようになった最大の理由だ。『少年たち』はその後、第2、第3シリーズが制作された。第3シリーズが制作された2002年に小松はNEPに中途入社した。『少年たち3』では、はじめてプロデューサーとして小松の名前がクレジットされ、思い出深い作品になった。

NEPという「居場所」で取り組むドラマ・プロデュース
『少年たち』(NHK DVD)

小松に大きな転機が訪れたのは、NEPに入社して10年目の2011年。その年放送された連続テレビ小説『おひさま』のプロデューサーとして、小松はその前年からNHKに出向していた。『おひさま』の制作が、小松が「公共放送」NHKでテレビを放送していく使命を深く考える契機になった。
放送開始直前の2011年3月11日、日本を襲った未曾有の大震災。東日本大震災だ。NHKは編成を大幅に変え、震災のニュースを流し続けた。小松がプロデュースする『おひさま』の放送開始は、1週間延期となった。出演者と、今我々はどうするべきか話し合い、できる限り節電しながら、スタジオに募金箱を置いて撮影を再開した。
ドラマはエンターテインメントのひとつのジャンルだが、決して公共性、社会性と無縁ではない。報道番組やドキュメンタリー番組と同じように、「公共放送のドラマ」「ジャーナリズムの一翼を担う放送局のドラマ」という側面が、まぎれもなくあった。番組も生き物なのである。
小松自身も、放送開始を待つ間、改めてドラマのストーリー、表現の仕方に思いをめぐらせたという。
「ちょうど震災が起きた時に、スタジオでは戦時中の物語を収録し、脚本は終戦直後の部分にさしかかっていました。そこをどういうふうに見てもらい、どんなメッセージを残せるか、非常に意識しました。」(小松)

NEPという「居場所」で取り組むドラマ・プロデュース
『連続テレビ小説 おひさま』完全版(NHK DVD)

その後小松は、もう一度NHKへの出向を体験することになる。2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』のプロデューサを務めたのだ。1年間の長期にわたり、俳優たちとともにひとつの作品を作り上げていく。俳優にとっても、1つの役を1年を通じて演じることは、稀有な体験だ。長きにわたってともにひとつの目標に向かって進むスタッフ、俳優を、小松は「戦友」と表現する。これだけの長期にわたってひとつの作品にかかわることはNHKならではの体験で、「戦友」の結びつきがなければ乗り越えられない厳しさもあった。

NEPという「居場所」で取り組むドラマ・プロデュース
『大河ドラマ 花燃ゆ』完全版(NHK VIDEO)

大河ドラマのプロデューサーとして小松が改めて肌で感じたのが、やはりNHKのドラマの「公共性」だった。ドラマの舞台となる“ゆかりの地”の期待に触れることで、そのことを強く感じることになった。
NEPは毎年、大河ドラマの舞台となる地元の要望を受けて、セットや衣装などを展示する「大河ドラマ館」の企画制作を務めている。『花燃ゆ』では、群馬県前橋市、山口県の萩市と防府市に大河ドラマ館が企画され、放送開始から間もない1月にオープニングを迎えた。小松はプロデューサーの一人として、各地のドラマ館のオープニングに出席した。主人公の文を演じる井上真央さん、文の姉役の優香さん、初代群馬県令(知事)となる楫取素彦(かとりもとひこ)役の大沢たかおさんがセレモニーに出席した。訪れた地元は、大河ドラマへの熱い期待に沸き立っていた。例えば群馬・前橋では、ドラマ館を周遊ルートに加えたコミュニティーバスが運行され、セレモニー会場の前には多くのファンが詰め掛けた。大河ドラマ館では群馬の礎を築いた初代県令・楫取素彦を前面に押し出し、地元の歴史とともに表舞台で大きく紹介しようという意気込みがあった。小松は語る。
「観光や経済効果だけではないと思いました。地元の人たちが持つ、ふるさとが取り上げられること、そこに生きている人たちが取り上げられることに対する期待感は凄いと思いました。初代県令になる楫取素彦は、日本中の誰もが知っているという人物ではありません。歴史の流れの中では、多くの、知られていない人たちが歴史を作っているのだと実感しました。『大河』とはよくいったもので、いろいろな支流から集まってきてひとつの大河になるのです。人の歴史とは、大河ドラマがやっていることとはこういうことなんだと実感しました。」

NEPという「居場所」で取り組むドラマ・プロデュース「初代県令・素彦と文 ぐんま花燃ゆ大河ドラマ館」(2015年1月10日~2016年1月31日)内に再現された、当時の県令室

大河ドラマ『花燃ゆ』の制作を通じて、ドラマ、とりわけ歴史ドラマが光をあてる人々の歩み、その中にある地元の人々の誇りといったものを、小松は感じ取った。小松にとって、ドラマの地平が広がった。

NEPという「居場所」で取り組むプロデューサー業務

「フリーで仕事をしていた頃は、自分の仕事がちゃんとできていれば、それでよかった」と小松はいう。だが今は「NEPという組織に属していることの強みを感じる」という。NEPには、ドラマ部だけでなく、ほかにもいろいろな部署がある。異なる業務に従事している数多くの仲間がいて、何かにつけ彼らとのつながりを感じられる。
「何かあれば、お互いに話を聞いたり、助けてもらったり、異なる視点でものを考えるきっかけになったり。それが、組織に属することの強みだと思います。」(小松)
小松がNHKに出向し、「連続テレビ小説」(朝ドラ)や「大河ドラマ」のプロデュースに孤軍奮闘していたとき、助けになったのはドラマの関連事業に携わるNEPの社員たちとのつながりだった。NHKの番組、とりわけ朝ドラや大河ドラマなど規模の大きいものでは、ドラマのDVD化や出版化、タイトルのロゴマークをライセンスして様々なグッズに使ってもらう事業が盛んで、こうした事業をNEPが担っている。ドラマを制作するNHKのプロデューサーの立場でNEPの様々な事業担当者と付き合う経験をした小松は、むしろNEPにいるときよりも、社内の人間と緊密にやりとりをするようになった。こうした人たちとの遭遇は、ひとりで戦う自分がまるで援護射撃されているようで、とても心強く感じられたという。自分がNEPという組織に属する人間であることが、小松の支えになった。

フリーのプロデューサーからNEPに入社し、組織の一員として経験を積んだ小松。単身NHKへの出向という貴重な経験を積んだことで、小松の組織に対する考え方は大きく変わってきた。もともとは「居場所」として意識しなかったNEPという職場が、今確実に小松の中で「居場所」としての位置を占めている。
「一旦NHKに出て、NEPの人とそこで関わる中で、あ、私、NEPの人なんだっていうことを改めて感じたんだと思います。NEPにいるときはそんなにつながりがない、付き合いがない人との交流がすごく頻繁にありました。」

NEPの仲間との交流の中で、彼らがどんなふうにドラマのことを見ているか、どんな仕事をしているかを見るようになった。ドラマのプロデューサーの立場、関連する出版物を作るという立場……、一緒に仕事をする中で、初めて同じNEPの人間だということの安心感を強く感じた。
「なんとなく同じ方向を向いている気がする、そういうことなんでしょうね。同じNEPに根っこがあって行動しているんだなということを感じました。普段、全く交流がなくても。初めて会って、話して、同じ場所でちょっと仕事を一緒にしただけで、他の会社から来ている人とは全然違うという意識は、ちょっとあったんですね。」(小松)

NEPという「居場所」を得た小松は今、「居場所に対して何が出来るのか」そんなことも考えるようになってきた。現在小松がプロデュースするドラマでは、ドラマを希望して去年配属されたばかりの若い女性社員が、助監督としてともに働くことになった。新人を育てるというミッションが、新たな仕事として小松に課せられた。
「新人として入ってきた彼女は、これからやっていかなきゃいけないので、一生懸命自分の経験を伝えていこうと思います。教えるというよりも、これだけは分かっていたほうがいいということを伝えていく感じでしょうか。後進の育成に限らず、NEPのほかの部署の人が一緒に仕事する場にいたとしたら、なにかその人の役に立つことをやろうってたぶん思うと思います。それはNHKに出向したりした経験がなければ、もしかしたら思わなかったかもしれないですね。」(小松)

NEPならではのドラマ・プロデューサーへ

「時代を切り拓くコンテンツ創造企業」、現在のNEPが掲げるメッセージだ。だが、今作り手として何を作るかを考えるとき、小松は「コンテンツ」という言葉にある種の「不自由さ」を感じるという。小松曰く「草創期からテレビを遊びつくした」大先輩の岡崎栄との仕事、NHKで実感したドラマの「公共性」、こうしたものを肥やしに、小松のテレビに対する考え方は「コンテンツ」という言葉では語り尽くせないものになってきた。小松が考えるテレビとは何か、それは「可能性を作る」ことだという。
「手段として、今、コンテンツを作っているわけですが、単にコンテンツを売る、発信するということではもうないように思います。可能性を作っているっていうことですよね。人々の五感とか記憶の一端に訴える何か、そんな刺激であり続けること。作り手と受け手の相互作用にも期待しています。一つのパッケージを作るっていう考え方でもなくて、いろんな『可能性』を考えてもいいんじゃないかと思うのです。」
同じように考える人がたくさんいると、小松は感じている。社外でドラマを作る人たちと話をすると、今は見たいものが限られてきて、BSとか、NHKに戻ってくるという人が多いのだという。小松がNHKのドラマ制作を始めて20年を超えた今、かつて民放でドラマを作った時代に付き合った人たちとの交流が、再び深まってきている。
「民放の番組の本数が減ったからNHKでということではなく、同じぐらいの世代の中に、NHKなら違う何かが出来ると考える人が増えていると思います。」(小松)

小松は今、8月にクランクインする時代劇の準備に忙しい日々を送っている。全20回におよぶ時代劇だ。放送は9月に始まり、年をあけても続く大作だ。シリーズドラマの多くが6~10本という中で20本という異例のボリュームは、海外への販売を見据えているからだ。海外の放送局は、韓国ドラマのようにまとまったボリュームのものを好む傾向がある。本数が多いほうが編成を組みやすいからだ。こうした中、小松は、海外への販売をも目指してドラマの制作に取り組んでいる。小松が長い経験を経てたどり着いた、NEPならではのプロデューサーの仕事だ。
「主にアジアですが、海外で売れるドラマを作ろうじゃないかってことなんです。ドラマの二次展開の経験がある方にもいろいろと話を聞きながら、NEPの中の海外販売部門の人たちにも相談し、そういう人が肌で感じたものを聞かせてもらったりしながら進めていきたいと思います。広く受け入れられ、売れるものを作っていくっていうことも、もちろん大切なことですから。」(小松)
ドラマを「作る」プロフェッショナルから、より多くのシーンでドラマが見られることを目指して。NEPならではのドラマ・プロデューサーとして次のステージを目指す小松の新しい挑戦が、今後も続いていく。

(掲載日 2016年6月24日)

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小松 昌代
Masayo Komatsu
制作本部 ドラマ番組
エグゼクティブ・プロデューサー
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