NHKエンタープライズ iHistory(アイ・ヒストリー)

NHKエンタープライズ iHistory(アイ・ヒストリー)

忍たま六年生がミュージカルで大活躍
モットーは、いかにファンの皆さんに楽しんでいただくか!

「ファンの皆様! 千秋楽まで応援ありがとうございました!!」

ミュージカル「忍たま乱太郎」の千秋楽公演後は、役者が一人ずつ客席へ向かって感謝の言葉を述べるのが恒例だ。役を演じきった充実感、もう終わるのかという寂寥(せきりょう)感が吐露される。観客もその思いを受け止め、会場全体の気持ちがひとつになる瞬間だ。観客の涙を誘う忍たまミュージカルの感動的なひとコマだ。

NHKの人気アニメを舞台化したミュージカル「忍たま乱太郎」は、2010年の第1弾から毎年冬、夏の2回公演が行われている。客席を埋めるのは10代後半から40代前半の女性が約9割を占め、2015年1月公演の6弾初演では、19公演中14公演でチケット完売という人気ぶりだ。

忍たまミュージカルのモットーは「ファンの皆さんに楽しんでいただくこと」。それは、NEP企画事業エグゼクティブ・プロデューサーの安藤雅章が、忍たまミュージカルの舞台を立ち上げた時からずっと持ち続けているものだ。

「舞台の仕事を続ける限り、忘れてはいけないことだと思います。」

忍たまミュージカルミュージカル「忍たま乱太郎」第6弾のポスター。
えっ! 忍たまの主役が六年生!?

2009年の春、当時総合ビジョン()でアニメ「忍たま乱太郎」のキャラクターライセンスを担当していた安藤のもとを、舞台制作会社のプロデューサーが訪れた。総合ビジョンが制作しているアニメ「忍たま乱太郎」をミュージカルにしたい、という。

その企画書を見て、安藤は驚いた。そこには主人公は六年生にしたいと書かれてあったのだ。

「忍たま乱太郎」は尼子騒兵衛原作の漫画「落第忍者乱太郎」をアニメ化したもので、1993年に放送がスタート。舞台は忍術学園、学園長、先生たちの指導のもと、生徒たちが一流忍者を目指して学び、ギャグをベースに友情や勇気を織り交ぜたストーリーが展開する。主な視聴対象は、放送開始当時は3歳から9歳くらいの子どもたちだった。主人公は、一流の忍者をめざして忍術学園に入学した一年生の乱太郎・きり丸・しんべヱの3人、放送開始当初は六年生は登場すらしていない。

安藤のもとを訪れた舞台制作会社の人たちは、コミックマーケット(日本最大のコミック市、1975年から開催され、現在は数10万人が訪れる)などを視察し、若い女性たちの間で忍術学園の六年生をはじめとする上級生の人気が高いことをつかんでいた。

当時の総合ビジョンには、舞台制作の経験もノウハウも無い。しかも、アニメでは主役ではない六年生を主役にするという企画は、普通なら却下するところだ。ところが安藤は違った。「着眼点が面白いと思いました。六年生などの上級生を主人公にして、忍たまの世界観を活かしながら新しいエンターテインメントが作れる漫画やアニメをまったく知らない新たなファンを開拓できるかもしれない。。新しいことにチャレンジしたかったので、是が非でも実現したいと思いました。」

※注 総合ビジョン(SV)1986~2013

NHK・民放番組の制作、ハイビジョンソフトの企画・制作などを目的に、電通・NEPなどが出資して設立。民放ドラマやNHKのアニメなどを制作したほか大型娯楽施設の映像制作なども手がけた。2013年にNHKエンタープライズと合併した。

忍たまミュージカル第1回公演の舞台となった、東京ドームシティ内「シアターG-ROSSO(Gロッソ)」。
「忍たま」には新しいビジネスチャンスがあるはずだ!

安藤は設立2年目の総合ビジョンに入社し、最初は経理を担当していたが、入社して7年後の1994年に営業担当となる。

「その当時、社長面接で、総合ビジョンはもっとライセンス事業に力を入れ、お客様に近いところでビジネスをすべきだと意見を述べたんです。もちろん、自分がやりたいと思っていったわけではありません。ところがその日の夕方には、もうライセンス営業担当の辞令が出たんです。(笑)」

安藤にとって“青天の霹靂”の辞令だったが、新しいことにチャレンジする良い機会だ。安藤は、前向きに受け入れた。当時、ライセンス事業は、アニメ・プロデューサーがアニメ制作の合間を縫って展開しており、二次展開の窓口を外部に委託していた。二次展開は自社で行うべきだと訴えた安藤が担うことになったライセンス営業の仕事は、主力コンテンツとなっていたアニメ「忍たま乱太郎」のライセンス展開をさらに広げることだった。当時のメインターゲットは幼稚園生から小学生・中学生までが多く、ノートや鉛筆、クリアファイルなどの文具、雑貨関係が中心だった。

安藤は、まずアニメを最初から見始め、原作も何度も読んだ。アニメや原作の世界観を知れば知るほど魅力を感じた。

アニメ放送から10年ほど経過した2003年頃、忍たま乱太郎のアニメキャラクターは、官公庁や航空会社のキャンペーンに使われ始め、さらに数年後には大きな外食チェーンのキャンペーンにも採用された。

やがてアニメ「忍たま乱太郎」に、六年生などの上級生ブームが訪れる。主に女子中高生向けのファンシーグッズなどが登場し始めた。安藤は「小さいころアニメを見ていた女の子が、今度は上級生などを目当てに再びアニメに興味を抱き、戻ってきてくれたんだ。」と思った。

帰ってきたファンは、以前、安藤が忍たま乱太郎のキャラクターグッズの許諾窓口を始めたころに、グッズを手にしてくれた大事なお客様でもあった。上級生ブームを活かして、これまでにない何か新しい事業ができないか。「『忍たま』はもっといろいろな展開ができる潜在的な力を持ったコンテンツだと確信していました。」安藤はいう。

舞台化の話が来たとき、安藤は「上級生に興味を持ってアニメに戻ってきた視聴者が楽しめる舞台を作ろう!」と思った。

ついに「忍たま」の新しい扉が開かれた!

上級生を主人公にし、舞台の役者が演じるという初めての試み、実現に向けて安藤はすぐに動き出す。超えなければならないハードルは3つ。まず原作者だ。六年生が主役という話に、原作者のマネージャーは判断がつかないと首をひねる。だが、原作の尼子先生からは、「面白そうだからやりましょう」と快諾を得た。

次は委託元のNHKだ。安藤は力説した。「大人になった視聴者へのサービス、還元です」。

当時15年続いていた長寿アニメ「忍たま乱太郎」。5~6歳ぐらいで見ていた子どもたちが15年を経て、舞台を通じて忍たまファンとして戻ってきてくれる、と熱を込めて説明し、説得した。

最後は社内、総合ビジョンだ。アニメ「忍たま乱太郎」は、総合ビジョンの経営を長年にわたり支えてきた貴重なコンテンツのひとつだ。何より健全なアニメとしてNHKからも視聴者からも信頼を得ている。イメージを壊してしまうのではないか、舞台制作のノウハウがない総合ビジョンには荷が重いのではないか。社内では危惧する声が多かった。

「役員会ではストレートに『ミュージカルなんてできるわけがない』といわれました。」 安藤も、舞台の制作経験など全く無い素人だった。

「新しいチャレンジこそ面白いと思いました。社内で誰もやったことのないビジネスだからやるべきだと思ったんです。役員会では、『総合ビジョンもリスクを取って新しい事業に踏み込むべきだ』と訴えた記憶があります。なぜOKが出たのかはあまり記憶にありませんが(笑)、最後には『安藤君、頼むよ』と当時の社長にいわれたことだけは鮮明に覚えています。」

ミュージカルは製作委員会の形式にし、総合ビジョンも出資をした。出資金が回収できないリスクもあったが、「権利許諾して監修するだけでは、会社に新しいビジネスのノウハウがたまりません。出資もして制作の渦中に入らないと本当に良いものはできないと考えました。舞台化はアニメの二次展開ですが、ライセンス事業のノウハウを活かして、舞台関連の商品化・映像化・配信などの三次展開を製作委員会で積極的に実施したことが現在につながっています。」(安藤)

こうして「忍たまの舞台化」という新しい扉が開かれた。

会場は、東京ドームシティのシアターGロッソ。日程は2010年1月13日から24日までの12日間、16公演と決まった。

素人プロデューサー 未知の世界での生みの苦しみ

安藤はここから何度も生みの苦しみを味わう。

まずストーリーだ。舞台制作会社のプロデューサーとともに、忍術学園の一年生がドクタケ忍者にさらわれ、六年生が喧嘩をしながらも最後は力を合わせて救出するという、大筋のストーリーを作った。その後、肉付けをして脚本にまで仕上げる。安藤の役割は原作の設定から外れないように、チェックや修正を施すことだった。

しかし公演日まであと3か月くらいになっても、脚本の第1稿が上がってこない。これでは曲も作れないし、稽古もできない。

安藤は、制作プロデューサーと脚本家との3人で脚本を書き上げることにした。舞台制作は素人だが、「忍たま」のキャラクター、世界観を知っている強みを活かして安藤も必死でアイデアをひねりだした。会議室に缶詰めになること12時間、やっと脚本のめどがつく。11月、キャスティングも決まっていよいよ舞台稽古が始まった。そしてチケットの前売りも開始された。

脚本のセリフを役者がしゃべり、殺陣などの稽古も始まった。安藤は1冊の脚本から舞台が少しずつ形になっていくのを、驚きと興味を持って見ていた。舞台制作というものづくりに初めて出会った瞬間だ。

しかし、ミュージカルなのに肝心の歌がちっとも聞こえてこない。歌詞入りのオリジナル曲は全部で12曲。脚本の完成に予想以上の時間がかかったため、作曲が間に合っていなかったのだ。このままでは公演に間に合わない。安藤にできるのは、作曲家にお願いすることだけだ。作曲家も不眠不休でがんばってくれた。11月下旬、素晴らしい曲が届き始め、12月初旬には全曲がそろい、本番に向かってスタッフもキャストもフル稼働の毎日が続いた。

順調なスタート、一転して崖っぷちに
忍たまミュージカル第1弾のポスター。メインのキャストはイケメン揃いの六年生だ。

2010年1月13日水曜日。「ミュージカル『忍たま乱太郎』 がんばれ6年生!」がついに初日を迎えた。シアターGロッソのロビーは10代後半から30代といった女性たちであふれていた。座席数765、その6割強が埋まっていた。安藤はほっと胸をなで下ろした。

午後6時30分。開幕を知らせるチャイムが鳴り響く。

主人公の六年生のイケメン役者を中心に、全員が舞台から飛び出さんばかりの勢いで動き回る。六年生のギャグに観客がどっと沸く。忍者ならではの殺陣の連続、役者が決めポーズを作るたびに大きな拍手が沸き起こる。一人一人にたっぷりと見せ場を作った。観客は、スローな歌では静かに聞き入り、力強い曲では大きな歓声や手拍子を送った。激しいアクションにスピーディーな展開。舞台初日はあっという間にフィナーレを迎える。会場は大きな拍手に包まれた。

安藤は「舞台のプロデュースは初めての経験でしたし、苦労した脚本がこんなに素晴らしい舞台になることが新鮮で感動的でした。」と、当時を思い起こす。

当初、アニメの舞台化に懐疑的だったファンもいたが、実際に舞台を見て新しい世界を受け入れてくれた。安藤はファンの気持ちに感謝した。

公演は順調に回を重ねたが、1月17日日曜の夜公演では、入りは5割強に減った。安藤は愕然とした。「前売りの様子で満席は無理と思っていましたが、日曜公演での5割強は非常に厳しい。このままだと興行的には完全な赤字です。毎日がんばっているキャストやスタッフに申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。」

週が明けての1月18日月曜は、3割強とさらに空席が目立った。
このままでは公演は失敗だ。安藤は崖っぷちに立たされた思いだった。やれることは、ファンを信じて待ことだけ。翌、火曜、重い足取りで劇場に向かうが前日から好転せず。そして水曜。今日はどのくらいだろうか…、と思いつつ午後6時30分の開幕を待つ客席を見回した。

客席が埋まっている! 「立見席のお客様にビックリ」

安藤は開幕前の暗がりの中で、火曜より客席が明らかに埋まっていることに気付く。つかんでいた前売りの販売数は5割だったが、実際には7割ぐらいまで埋まっている。当日の窓口販売の数字がみるみる増えていたのだ。

翌、木曜、さらに安藤は驚く。
「劇場の後ろの方が埋まっていたんです、お客様で! 8割ぐらい入らないとあそこまで埋まらないんです。」

当日券を買い求める観客が日を追うごとに増えていったのだ。その勢いは止まらず最後の3日間の5公演では満員御礼となり、立見席が出るほどの盛況ぶりだった。当時はフェイスブックもツイッターも今ほど流行っていない。ファンの間に “忍たまの舞台は面白い”と口コミで情報が広がっていったとしか考えられなかった。

超満員に膨れ上がった観客の熱気が会場を包む。役者たちも最高の演技と歌で応えた。フィナーレ、拍手は鳴り止まなかった。

安藤は当時をこう振り返る。「立見席が出た最後の3日間は感動的でした。公演が終わってお客様が帰る際には頭を下げ続けていました。ありがとうございます、ありがとうございます、と! 『お客様は神様です』という三波春夫さんの気持ちが少しだけわかった気がしました。」

初演の終了後、すぐに再演が決まった。公演失敗寸前までいった舞台は、一転、成功へと評価が変わった。崖っぷちから救ってくれたのは他でもない、キャストやスタッフの舞台への熱い想いと舞台を熱い想いで支えてくれたファンの皆様の声援だったと、安藤は信じている。

安藤が、最も感謝している人物がいる。それは、原作者の尼子先生だ。先生がわざわざ兵庫県尼崎から足を運んでくださったその日は、一番観客が少ない火曜日だった。開口一番、先生に「申し訳ありません」という言葉しかなかった安藤に、尼子先生は客の入りには一切触れず、「本当に面白かった」と喜んで話してくれた。本当に心強い一言だった。

安藤が挑戦した事業、ミュージカル「忍たま乱太郎」は総合ビジョンからNEPに引き継がれ、今年2015年1月には第6弾公演を行った。ファンの間では、いつからか親しみをこめて「忍ミュ」と呼ばれるようになった。初演当時は舞台制作の素人だった安藤が牽引し続けている。

  • 忍たまミュージカル第6弾初演(2015年1月)の舞台から。
  • 忍たまミュージカル第6弾初演(2015年1月)の舞台から。

ファンにいかに喜んでもらえるか、公演のたび、安藤は次々とアイデアを考え出した。ファンとの交流イベント、役者が客席に降りて行うファンとのコミュニケーション、ニコニコ動画などを通じたネットによるライブ配信、全国の映画館でのライブ・ビューイングも行う。止まることなくチャレンジし続けたいという想いを支えているのは、第1弾、あの立見席が出た最後の3日間の感動だ。あの感動を超えたいという想いが、ミュージカル「忍たま乱太郎」を成長させ続けるのだ。


ミュージカル「忍たま乱太郎」公式サイトでは、これまでの公演情報等をご紹介しています。
また、ミュージカル「忍たま乱太郎」の200回公演記念コンサート「忍術学園 学園祭」が、10月16・17日開催!チケット情報は公式サイトをご覧ください。

■ミュージカル「忍たま乱太郎」公式ホームページ忍たまミュージカル

■ミュージカル「忍たま乱太郎」200回公演記念コンサート公式ホームページ忍たまミュージカル

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安藤雅章
Masaaki Ando
事業本部 企画事業
エグゼクティブ・プロデューサー
神秘の世界に挑む アニメへの情熱 どーもくん世界へ 日常を劇場へ 海外ドラマ大ヒット 珠玉のエンターテインメント ロボットたちの熱き戦い ドラマ列伝 時代の記録 新しいメディアへの挑戦 岩合光昭の世界ネコ歩き iHistoryスペシャル